恐らく人類が存在しうる最終局面の将来世界。度重なる天災と人災を繰り返した結果、世の中は形を大幅に変えた大陸ではUSQ とERE 、2つの国が限られた資源をめぐって戦争を始めた。2つの国の軍事衝突は、それそのものが両国の存在意義を成り立たせるためだけに行われている永久戦争の様相を呈している。人間はすでに自ら起こした戦争に飽きはじめ、他人を傷つけようとするとき、道具任せになるようになった。それがALである。
AL(エル)とは、外見は全く人間と同じで感情や思考に関しても、人間と全く同じものを有している「機関」である。日常生活をいかに怠惰に生きるかを考え始めた退廃した人間によって生み出された、単純労働に特化したある種のロボットともいえる。かつてALは大規模な反乱を起こした。人によって使い捨てられ、それでも人格を有したこの不思議な存在は、傷つけられた尊厳と軽んじられた生命への抵抗として公然と人類へ反旗を翻し、双方に深刻な犠牲をもたらした。
そのような苦い過去の経験から、人類の間ではいつしか、ALとは憎悪し蔑む対象として教え伝えらえてきた。
そして現代、愚かしい人間達は2つの勢力に属して争いを続けている。この年の中頃、両陣営は大陸西にある地点PNとよばれる山岳地帯で大規模な衝突を起こした。残り少ない人類の後世において「Pirinioakの戦い」と呼ばれる。戦況は高度に組織化されたAL兵を投入したUSQ側に終始有利に働いていたが、物量に任せるEREの反撃で戦線は膠着していた。両陣営は講和を結び国境を定め、軍を撤退させる事となった。
ビスキアの町は前線とは無縁の誰もがつつましやかに暮らす田舎町であった。その日常が狂い始めたのは、まさにここが国境と定められた時である。2つの軍勢が引き上げる事になった日、町は東西に分割され両側の通行は完全に禁止された。初めは激しく抵抗した村人達だったかが、頑なな当局の姿勢には、諦めの空気が漂い始めていた。時に不便であり、分断された家族などもいる事は確かに不幸であったが、いずれこの国境も取り払われて、元の暮らしができる事を誰もが願っている。
(随分と線引きの甘い地図)
ビスキアの民にとって、町の外というのは極力自由に行動すべき場所ではなかった。外には得体の知れない瘴気が充満しているからである。それは日によって、または人によって受ける影響差があるのかもしれないが、現に古来より、気を失ったり、奇行に走る者がいるのは確である。町にはただ一つ決まり事がある。町の外に備え付けられた炉にウルをくべる事。炉からは絶えず、靄のようなものが立ち上がっていた。
新しく定められた国境はやがて町の門を塞ぐ壁に成長し、東西の自由な往来どころか、外に出る事も困難となる。上空を覆う煙は徐々に薄れ、かつての太陽から有害な光が差し込むようになった。、東西両民は、それぞれがウルを汲みに行く必要があった為、図らずも、危険な町の外は、分断された東西両民が、ごくごく限られた時間の中で再会できる場になりつつあった。ただし、必要以上の対面、及び、逆側への侵入がないよう、兵士の厳重な監視の下である。
(机の上ではこちらが有利)
ビスキアの民には3種類の人がいる。分断された事を渋々ながらも受け入れ、諦めながらも生活を享受する者。公然と反抗し、時に国境を破壊しようと試みる者。そしてわずかな3番目の類型は今、地中を掘り進む。表面上は平穏に暮らす顔を持ちながら、誰よりも諦めの悪い者達だった。壁がなくならないのであれば、せめて望むのは東西の自由な往来であり、彼らが最後に考えついたのは、地面の下を掘り進める事だけであった。
ある日、地中を掘り進む男は壁の向こうに違和感を感じた。今までのような土砂ではなく、確実に空間を感じさせるものだった。こんなにも早く貫通するとは思ってもいなく、また、現実的にもあり得ない事ではあったのだが、高揚した彼の中では、その疑いは片隅に追いやられる。彼が貫通させたその向こう側は小さな部屋であった。ごく一部の者が知るのみであったこの部屋の存在は、今、明るみになろうとしており、それは同時に、一歩間違うと破滅のカウントダウンが始まったとも言える。
(檻の中にいるのはお前の方)