ミルトン・ケインズのブレッチリーにステーションⅩと呼ばれる場所がある。
MI6(秘密情報部)主導の下、対ドイツ戦における暗号解読のエキスパートを集めた施設であり、最盛期には1万人程の職員が勤務していた。『ハット』と呼ばれるプレハブの各建物には国内から様々な能力を持った人間が集められ、業務にあたっていた。
各々、優秀な頭脳の持ち主ではあるが、どこか常識の欠落している変人集団でもある。
中でもとりわけ重要な役割を果たしたのが数学者アラン・チューリングであった。
彼の考えを中心とした解読法と、それを支えたエンジニア達により、ステーションⅩは成果を挙げ、徐々に戦況を有利に導いていったのである。
この成功に満足した首相のチャーチルは彼らの事をこう評した事がある。
1946年、ステーションⅩはその役割を終え正式に解散する事となり、現在、残った数名の下に、機密書類の破棄、解読機の破却が進められようとしている。
『エニグマ』をはじめとするドイツ暗号との死闘の経緯は、多くの国民に知らされることなく、国家機密として歴史の闇に葬られようとしている。
自分たちが成し遂げた英雄的仕事を口外する事を禁じられ、様々な機密を背負いながら、チューリングを初め、殆どの職員がこの場を後にしていたが、簡単に応じない者もまだ多く籠っていて、それがMI6の悩みの種となっていた。
これは暗号解読に知恵と情熱を注ぎすぎ、今や燃え尽き症候群となった天才(変人)たちの喜劇的な群像である。